ちゃんとリハビリ。
- roical
- 2019年9月26日
- 読了時間: 4分
更新日:2019年9月27日

慢性痛と戦う理学療法士
ROICALの三上幸大です。
このカメ、右の手がないんですって。
片手がなくても水族館で泳いで過ごしてるんです。
まさにリハビリテーションです。
ということで、
今回はリハビリテーションについて
記していきます。
『リハビリテーション』
言葉としては随分広まりましたね。
ですが、その意味は非常に幅広く、いまいち理解に困りますよね。
リハビリテーションとは、
『全人間的な復権』として説明されることが多いです。
要は人間としての生活全てを意味し、
例えば、
・学校に通って修学旅行にみんなと一緒に行く
・会社に勤めて給料を貰い趣味を満喫する
・買い物に行って品定めをする
・料理を作り好きな人に食べてもらう
・家族と自分の家で生活する
・選挙の投票所へ行き自分の意思で投票する
などなど
例を挙げればキリがありませんが、
私達が普段何気なく行なっているコトがほとんど該当するのではないでしょうか。
こんな普段何気なく行なっていることが、病気や怪我などによって難しくなる場合があります。
転倒による骨折、不適切な生活習慣による糖尿病や脳卒中、原因不明の難病など多岐に渡ります。
もし病気や怪我を患っても、そこで人生が終わるとは限りません。
自分のカラダやココロ、周囲の目が変わってしまっても、人生は自分の生き方のカタチを変えてまだまだ続くのです。
最初に触れたカメも生きるカタチを変えで生きていますね。
では、自分のカラダやココロ、周囲の目が変わってしまい、どうしていけばいいのか?
ここでリハビリテーションという概念が出てくるのです。
例えば、
・杖をついて歩き生活していく
・車椅子で生活していく
・利き手を変え生活していく
・コミュニケーションの方法を変え生活していく
・家の環境を変えて生活していく
・支援を受けながら生活していく
こうやってカタチを変えて、少しでも自分らしく生きていく、生きていこうとすることがリハビリテーションだと私は考えます。
そして、理学療法士は何をするのか。
『理学療法を用いてリハビリテーションを支援していく』という表現がいいでしょうか。
超急性期では
treatment(治療)の意味合いが強く、
亜急性期以降では
rehabilitation(全人間的復権)の意味合いが強くなっていくと思います。
treatmentは受け身の医療ですが、
rehabilitationは『参加する医療』です。
患者や利用者自身と医療者が、
50:50の比率で
二人三脚で
浅田真央的にはハーフハーフで
取り組んでいくということです。
例えば
・今日リハビリでマッサージしてもらった。
私に言わせれば、これはリハビリテーションではありません。
なぜこんな間違いが起きてしまうのか。
それはお互いの『無理解』や『忖度』が原因ではないでしょうか。
一般の皆さんがリハビリはマッサージを受けるものだ、と先入観や固定観念を持っていれば当然摩擦が起こります。(日本の歴史も悪いのですが…)
理学療法士が患者に嫌われたくないがために、本質を見失った理学療法を提供し、誤った認識を与え、誤った関係性を構築してしまうでしょう。
つまり、
リゾットと雑炊を同じものと思っている人に本物のリゾットを出して、
『これはリゾットじゃない、普通もっと汁があるだろう雑炊みたいに。この店はダメだな。』
みたいなことが、前者。
『このお客さんが来なくなったら、他に悪評を広められたら嫌だから、リゾットだけど雑炊を出そう。謝ろう。』
客目線では、『この店は俺のいいなりに出来る店だな。嫌いじゃないよ、都合がいいから。』
みたいなことが、後者。
誰も得しませんよね。
もう一度言います。
リハビリテーションは、
『参加する医療』です。
私達は、その人が能動的になれるように、自分のリハビリに積極的に参加できるように、医学だけでなく教育学や心理学などを活かした様々な工夫をしています。
先入観や固定観念で『損』をさせたくないからです。
もし、リハビリが出来ていたら
まだまだ歩けたかもしれない。
あと数年生きられたかもしれない。
趣味を楽しめたかもしれない。
家で過ごせたかもしれない。
それが、皆さんの『利益』だと私は考えています。
もっとこうしたら良かったのに、
こんなこと言いたくないし、
思わせたくありません。
さあ、みんなでリハビリテーションをしましょう!





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